立喰師列伝
今日ちょっと仕事で都心に出たんだけど、食事のタイミングがなくて昼食を食べそびれ、夕方くらいに駅の立ち食いそば屋に入った。
天玉そばの食券をおばちゃんに渡して、待つ間にコップに水を注ぐ。
まだ夕食時には早かったけど、5人くらいが待ち状態だった。
「天玉そばのお客さまー」
はい、と答えようと思った0.3秒くらい先に、先に来てたおっさんが天玉そばを受け取った。
あ、おっさんも天玉なのね。
「冷やしタヌキのお客さまー」
「ワカメそばのお客さまー」
順調に客がさばかれていく。
次は俺だ。
「キツネそばのお客さまー」
あれ?
誰も名乗り出ない。
「キツネそばのお客さまーいらっしゃいますかー?」
誰も名乗り出ない。
可能性はひとつ。そういうことか。やられた。ちくしょう。
「キツネそばのお客さまーいらっしゃいませんかー?」
おばちゃんがちょっとイライラしつつ繰り返す。
さっき天玉そばを受け取ったおっさんが、「あー間違えたー」とようやく自らの過ちを認めた。
周囲から非難の目が一斉におっさんに向けられる。
そこでおっさんが俺の方を向いておもむろに一言。
「あ、これ君の? じゃあこれ」
すでに半分くらい食ったそばのどんぶりを、俺に向けて差し出す。
え?何この展開? その発想は無かったわ・・・
俺の気がとてつもなく短かったら、そのどんぶりを素直に受け取り、すかさずおっさんの頭にぶちまけてやるところだが、ここは軽い軽蔑の眼差しを返すことで済ませておいた。
「ごめんねえ、すぐ作るから。」
いや、おばちゃんは悪くないよ。何にも悪くないよ。