Aerodynamik - 航空力学

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下戸・非コミュだけの飲み会開催のススメ


俺は下戸だ。何時間頑張ってもビール中ジョッキを空けられたことが無い。基本的に会社での飲み会は、「最初は生中で」という空気なので、飲み会の最初の一杯を、吐き気を抑えながら最後まで飲まなければいけない。
さらに、下戸かつ非コミュだ。コミュニケーション能力が低い上に、地酒/焼酎/煙草/ギャンブル/風俗/野球/サッカー/車/ゴルフ/高級時計/グルメ/地方名産などの飲み会での共通言語に疎い。これでは業務後の人間関係ヒエラルキーは必然的に最下位指名されてもしかたがない。
「飲みニケーション」なんて言葉を作った奴は死ねばいいのに。これが言いすぎなら、アルコールアレルギーになって、体質的に飲めないのに酒を強要される人の辛さを思い知ればいいのに。


しかし、俺は管理側の人間だった。会社という組織の中でやっていこうという覚悟がある以上、飲み会は残業代の出ない業務と考えるようにしている。飲めなくても話ができなくても煙草が吸えなくても、誘われたら喜んだ振りをしてついてくし、チームメンバーの増減の度に「楽しそうに」飲み会を企画する。
病気を抱え抗不安剤抗鬱剤を服用しながら仕事をしていたが、これらは基本的にはアルコール厳禁なので、飲み会の日には服用できず、非常に不安定な精神状態で一日を働き、そのまま飲み会に出席することになる。これだけでも既に辛い。しかし飲み会は業務であり、営業である。会社組織の中で非コミュとされるのが恐ろしいので、不安定あるいは飲めない無粋な奴と思われないように必死に振舞う。
具体的には、最初の乾杯後に、猛烈な吐き気を我慢しつつ無理やりビールを摂取、すぐ酔っ払った演技モードに入り(実際ほんの少しでもすぐに顔が真っ赤or真っ青になるので見た目をアピール)、声を大きくして「酔っ払っちゃったよー大変だよもうー俺を送る羽目になっても知らねーぜ」と騒いでみる。


こうやって楽しく酔った振り(本当はもう気持ち悪くて吐きたくて寝てしまいたくて仕方がない)をし、分からない会話は聞き役に回って意図的に調子の外れた相打ちを打ち、なんとか場を乗り切ってきた。幸い回りも「酒は弱いが飲み会はそう嫌いではないらしい」と判断してくれている。




先日増田に上がったエントリーを見て、その鈍感さには呆れ返った。


http://anond.hatelabo.jp/20070415052118

彼らが本当に嫌いなのは、飲み会で上手く立ち回れない彼ら自身なのです。
飲み会に毎回参加するような人に、飲み会の雰囲気が嫌いなどと言う人はいません。
彼らは彼ら自身の能力が足りないことを、飲み会の雰囲気に転嫁しているのです。そうしてそれに気付かないふりをしている。
全く愚かなことです。彼らが自身の能力の無さに気付き、それを伸ばすよう努力することを望みます。


下戸が「いやー飲めないんですよ本当に」と言う時、酒を飲ませたいほうは「場の空気を壊しやがってこの屑が」と思っているかもしれないが、飲めない方の人間は、「本当に体が受け入れられないから断っているのに、それがこの鈍感野郎だけでなく誰にも理解してもらえない孤独の辛さ」、さらに「そうしたくのも無いのに場の空気を壊してしまったことで、周りの非難の視線が酒を受け入れられない体に突き刺さる辛さ」という二重の辛さに、身を引き裂かれそうになっているのだ。


「飲む奴は空気読める、飲めない奴は空気読め」といわれているが、本当に飲めなくて苦しい思いをしている人にまで、「俺の酒が飲めないのか」という発言をする奴は、それでも空気を読んでいるというのか。場の空気は読めても相手の心情を推し量ることのできない鈍感な人間。しかし渡辺淳一「鈍感力」の言う通り、鈍感こそが最強であり、鈍感野郎がその場を支配するのが現実だ。


自分は一応体育会系の出なので、場の空気を最優先させ、弱者に対しては徹底的に無神経な世界、そういうものを理解しているつもりだ。だから、へらへらしながら「俺の飲める最高のペースで付いていきますから」などと言って、ぎりぎりの線で自分と周りをだまし続けてきた。

飲み会に毎回参加するような人に、飲み会の雰囲気が嫌いなどと言う人はいません。

などと言える無神経さが分からない。楽しい奴は何もしなくても勝手に楽しめるだろうが、嫌な人だって、みなコミュを構築するためにそれを我慢して毎回飲み会に参加しているんだ。

全く愚かなことです。彼らが自身の能力の無さに気付き、それを伸ばすよう努力することを望みます。

飲み会が嫌いな人は、自分の能力の無さ(下戸非コミュ)なんて当たり前のように自覚している。それが許容されない排他的で無神経極まりない空間を強制する方こそ問題はないとでも言うのか?なぜ能力が低い人でも楽しめるような飲み会を演出しようと歩み寄らない?


そう、現実社会では、能力が低い弱者でも飲み会を楽しめるように、なんて気を使ってはくれない。
そこで提案。下戸・非コミュだけで集まって飲もうじゃないか。皆が周りの強制なく、自分の飲めるレベルものを、それぞれのペースで楽しんで飲もうじゃないか。強要イベントを排して、空気を壊したり壊されたりという葛藤に苦しむことも無くそう。飲めない酒を、飲めないことが理解できない無神経な人たちと飲まなくてはならないという憂鬱感からも開放され、純粋にコミュニケーションを楽しめるのだ。下戸の人間だけで集まって飲むと本当に楽しい。飲み会ってこんなに楽しかったんだ!と、開催するたびに幸せになれます。ソースは俺。


「超少量でいいならお酒が楽しめる」「強要などの気まずいことながければ、みんなで集まって話すのは楽しい」。そう、「飲み会は実は楽しい」という認識さえ持てれば、あとは「無神経な人たち」との飲み会の席上で、どうやって「自分のペースで飲んでるよ。楽しいよ。」ということを認識してもらうか、それをアピールする方法をその人なりに考えていける方向に持っていくことができる。飲めない人たち同士なら、この話題ですら大いに盛り上がる材料になる。リハビリだと思ってやってみてほしい。


あと、下戸非コミュ飲み会の会場は個室必須。非コミュは通常会話すらストレスになるが、周りが馬鹿騒ぎしている騒音の中で、思考力の落ちた酔っ払いと会話するだけで、非コミュにとってはさらに大きなストレスになる。最初はそれも排除していって、静かにちびちび飲みながら会話が楽しめるようになったら、徐々に馬鹿騒ぎに慣れていくようにすればいい。


とにかく、下戸非コミュだけの飲み会は、ぜひ一度試してみてほしい。会社の中で普段大人しい人や飲み会を嫌う女性を、通常の飲み会に誘うのは非常に困難だが、「こういう趣旨の飲み会なんだよ、全員下戸だから押し付けとか絶対ありえないし、駄目なら食べてるだけでいい。飲めない俺らだけで日頃の鬱憤を晴らそうぜ」とか言って誘おう。飲み会への抵抗を減らせるだけでなく、普段コミュニケーションが取りづらい非コミュ同士の結束力を上げ、周りとの会話に慣れていくことができるだろう。