Aerodynamik - 航空力学

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ニコニコ動画を見て「元ネタに対する距離感」の世代的相違を実感する


この↓動画は、エヴァンゲリオン劇場版予告風に作られたハルヒMADなのだが、「バトロワ言ってるやつはゆとり」と、お馴染みのコメントが見受けられる。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18651


スプーエヴァMADでも同じようなコメントを見かけた。
http://www.nicovideo.jp/watch/1174557481




ヴェルディのレクイエムというのは、ある世代にとってはエヴァ劇場版予告での強烈過ぎるイメージで固定され、それより下の世代にとってはバトルロワイアルのサントラとして記憶されているようだ。


エヴァの数本作成された劇場版予告のうち、第九ベースの予告編(前半の綾波レイの独白がもうトラウマ)
http://www.youtube.com/watch?v=iPwFR9aYRE0


そしてレクイエムベースの伝説となった予告編。
http://www.youtube.com/watch?v=UQ-4myiJIQg


当時、あまりに斬新な演出に度肝を抜かれたが、予告編だけあって割と目にしたことがない人も多いのではないか。




ニコニコでよく見かける「ネタが分からないやつはゆとり世代」という言葉は、「今の若いやつらはろくに物を知らない」という団塊世代以上が好きな言葉の同じものだ。


しかしそれ以上に、この言葉を使うであろう団塊ジュニア世代は学生時代にエヴァ渋谷系などの大ブームを通過している。
ゆえに、ほかの世代以上に「元ネタ」「引用」「文脈」といった要素に対してかなり敏感になっているのではないだろうか。


元ネタにどんなものを持ってくるかでその作者のセンスや知識、造詣の深さが判断される。
当然より知られていないもの、注目されていないものを独自に発掘してきたものは価値が高かった。
ゆえに誰もが知っている大ネタを使うことは蔑まれたが、ユーモアとして昇華できれば許容された。
そのジャンルに詳しい人なら大抵知っている位のネタを使うこと、これはもっともかっこ悪いものとされた。


評価されるには、自らが相当なマニアとなって、誰も掘っていない深い深い階層からネタを掘るか、誰もが掘りもしない浅いところでギャグとして使えるものだけを掘るか、どちらかしかない。
とにかく、90年代には「ネタを掘る」センスは非常に繊細さを求められたのだ。




ニコニコ動画では、ネタ掘りにそんな繊細さはいらない。
ネタは、ベタなものでいい。
今の世代に必要なのは、祭りを盛り上げるスピードとテンションだけだ。


ネタが投下されると、怒涛の勢いで「ベタなネタ」同士がMADとして組み合わされる。
それがさらに別の「ベタなネタ」とMIXされ、それが繰り返されることによって加速度的にカオス度を高めていく。
http://www.nicovideo.jp/tag/MAD


長門ムスカ陰陽師らき☆すた、大切なものを盗んでいきました、おおきく振りかぶってずっと俺のターンおっくせんまん、巫女みこ、コードギアス、あいつこそがテニスの王子様・・・
これら「ベタなネタ」がマッシュアップされ続け、純粋に面白ければ高い評価を受ける。


そんな過程を見ていると、今のニコニコ世代は「ネタ」というものに対する感性が全く異なるようにみえる。
または、そういうネタの取捨選択のセンスはベタ+ギャグであるかのように一見見えながらも、実際のところはとても繊細で、それをおっさんである俺がまるで見えてないだけという可能性のほうが遥かに高いのかもしれない。