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Aerodynamik - 航空力学

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Perfumeあ〜ちゃんの歌唱法に対する心境の変化と、彼女を取り巻く「優しい」大人たち@オリ★スタ 09年07月20日号

http://blog.oricon.co.jp/magazineoriconstyle/

もっと楽しく歌おうと心に決めたあ〜ちゃんの心境の変化とは?


−今回のアルバムで、私はここを変えてみました、という部分は?


あ:今回は、楽しく歌いました!レコーディングで歌い方を中田さんに指示された記憶がすごく前で「冷たくしゃべるように」って言われたのが最後だから「まっすぐ歌わないと」ってやってきたんですけど、「今回は楽しく歌おう!」って。CDに自分の声が使われなくても、自分が納得いくように、悔いのないようにって思って歌いました。


−スタンスを変えようと思ったきっかけは?


あ:最近、フェスやイベントとかでミュージシャンの方にお会いする機会が増えて、みなさんからいろんな話を聞くんです。「Perfumeは、一人ずつブースに入って、その場で曲を聴いて、そこで曲を覚えてすぐ歌います」っていったら、それがすごく不思議なやり方なんだってことが分かったんですよ。「曲を聴いてすぐレコーディングなら、それこそ楽しくやらないともったいないよ!」って言われて。バンドの方達は曲や詞を自分達で作っているから、煮詰まってきて楽しく歌えない時もあるらしいんですよ。でもPerfumeは曲を作ってもらって、自分達が歌うだけなんだから、「もっと楽しくやったほうが良いよ、これからももっと辛いこともあるから」、みたいな(笑)。そんな話を聴いて、「そっか〜、せっかくみんな良い曲なんだし、よし、楽しもう!」って思ったんです。

前半の「楽しく歌う」は他のインタビューの通り。


音楽と人」インタビュー*1の、自己表現の解放のきっかけとなった周囲のミュージシャンのアドバイスについて、ここでも語られている。




ここで気になるのは、西脇さんから語られたミュージシャンのアドバイスが、「楽しくやらないともったいない」「楽しくやったほうがよいよ」、それだけであるという事だ。
楽しくやって、なおかつそれでよい結果が得られれば、もちろんそれは最高のことなのだろう。しかし、楽しいことがすなわち成果物としての楽曲のクオリティーに比例するかといえば、それは残念ながら否定せざるを得ない。生みの苦しみと葛藤を経てこそ、質の高い作品は生まれるはずだ。


本音を語るべき表現者であるミュージシャンが、なぜこんな表面だけの薄っぺらいアドバイスを西脇さんにしたのか。「楽しんでやりなよ」なんて、大学の友人レベルのアドバイスではないのか?優しい年上の理解者気取りか?




「What's IN」インタビュー*2で最初に西脇さんの心の変化を読んでから、ずっと納得できなくて、色々考えていた。その後も様々な雑誌で語られた「CDに自分の声が使われなくてもいいから、楽しく歌おう」という西脇さんのスタンスに、自分は納得できない。


なぜ「CDに使われなくてもいいから」なのか。自分の地やクセを歌に反映させて、楽しんで歌いたいと思うなら、なぜそれをはっきりと事前に中田ヤスタカに訴えなかったのか。「CDに使われなくてもいいから」なんて、大人だったら逃げと言い訳にしか過ぎない。
ヤスタカは、楽曲のクオリティについての全ての責任を負っている。もし西脇さんが、「楽しく歌って自己表現がしたい」とヤスタカに訴えたのなら、ヤスタカは、西脇さんの地の歌声と、自己の中にある楽曲のヴィジョンを秤にかけて、適切なアドバイスと心の持ち方の指導をしただろう。「この曲は作品の雰囲気を出すためにあえてフラットに歌ってほしいんだ、この曲は逆に情感を込めてほしいのだ」、そういうやりとりが自由に行える環境にだってなっただろう。
「CDに使われなくてもいいから自分の好きに歌う」?子供の反抗ではないのだから、好きに歌いたいならヤスタカを説得して好きに歌ったものをCDに使ってもらえるようにヴィジョンを変えてもらう交渉をしたっていいじゃないか。交渉して、双方が納得の上で「それでもヴィジョンと方向性が違うからフラットな歌唱が必要なのだ」という結論に至ったのなら、それは受け入れるべきだし、交渉の結果「変化を取り込むのもいいだろう」となれば、新しい道も開ける。しかし、今回のレコーディングでは、途中から西脇さんが勝手に地の声で歌いだした、それに対しヤスタカがあれこれ指示を出したという、流れでやってしまっているだけだ。




西脇さんは20歳を越えた。いつまでも子供じゃないし、いつまでもヤスタカの操り人形でもない。いつまでもヤスタカを絶対神のように崇めるだけで何も言えない子供ではない。
ミュージシャンとの交流で刺激を受けたのなら、「CDに使われなくてもいいから」なんて、そんな逃げ口上を叩いている必要はない、駄目元でもやりたいことをスタッフに訴えて、掛け合ってみればいいじゃないか。大人なら自分の意見を相手にぶつけて、納得させられなかったら自分が引っ込めるなりやり方を変えるなりすればいい。


「楽しければ良い」とか、彼女達のレコーディング過程が楽しいかどうかでPerfumeのアルバムは評価されるのではない。評価されるのは成果物としての楽曲のクオリティが全てじゃないか。
彼女達の周辺のミュージシャンだって、痛いほどそれを知っているはずなのに。なぜそこまでをアドバイスしてあげられないのだ。




自分はPerfumeファンになった時から一貫して西脇さんのファンだし、自分はテクノが好きだけれども、声質も趣味もテクノに親和性の高い大本さん・樫野さんの二人だけでは成し得ない、いわば不確定要素としての西脇さんが、Perfumeの大きな魅力の一つだとも思っている。彼女が自己表現に目覚めたのなら、自分はそれを全力で応援したいし、できることならスタッフにだって掛け合いたいと思う。だからこそ、本気で歌ってほしい。「CDに使われなくてもいいから」なんて中途半端なスタンスで満足してほしくない。全てを納得させた上で、本気で歌うために、ヤスタカと完璧な意思の疎通が必要だ。そういうところまでを、「表現者」たる周りの大人のミュージシャンがアドバイスするべきじゃないのか?


耳に優しい、心に優しい「楽しくやったほうが良いよ」なんて言葉だけでは、この先も乗り越えていけるのか分からないよ。「意見をはっきり出して納得のいくまで議論し合い、その結果を受け入れる」という大人の物の考え方こそ、楽しく歌うことを求めた今の20歳の西脇さんに必要なアドバイスではないだろうか。


Amuseからも徳間からも斬新過ぎるとNGを出された「ポリリズム」のポリループ。自ら事務所に乗り込んで行って偉い方を説得し、テレビ用のポリループ無しエディットを作る代わりに、ポリループを1曲目にしてリリースさせた、クールを気取っていても表現のためならそこまでやる男、中田ヤスタカがいい見本だよ。