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Aerodynamik - 航空力学

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観劇記録 「サマーウォーズ」

http://s-wars.jp/


ようやく見てきた。もうネットではあらかた語りつくされているようなので、あれこれと考察するのはやめておこう。
映画としてのそれはとても素晴らしいもので、未見の人には無条件でお勧めしたい。


以下ネタバレあり。




自分も田舎育ちで、年始には本家に血族全員が集まり、男はビールで宴会、嫁は台所に缶詰という旧式な世界観に育った。しかしその構造自体には非常に嫌悪感があり、仕事を理由にして帰省しない、または正月から少しずれた時期に帰省する不幸者である。
おそらくあの映画の中で描かれる「家族・血族の結束力の復権」に共感を覚える人が多数なのだろうが、自分はとても覚めた目でそれを見るしかなかった。


群像劇としては素晴らしく、あれだけの数の登場人物に対して、それぞれの個性を放棄せずに全て描ききった事は驚きだった。相反して、健二の動く動機や描写が一歩離れたものになってしまったところには少々残念な気持ちもある。




OZの描かれ方は実に「リアル」で、これまでの映画の「電脳ネットワーク」が「広い闇の空間に飛び交う沢山の光の束」レベルで構成されてきたところを、遥か先まで飛び越えていた。末端ユーザが眼にするネットワーク空間は、実際には飛び交う0と1の情報ではなく、サービスの殻を被ったものであり、ブラウザに表示されるものである。単にそれを描いただけでも素晴らしい進歩に思える。
電脳空間でのアイコンとして、アバターが用いられるのは小説の世界では割と古くから行われてきた事だが、映画においては電脳空間にアクセスした者がそのままの姿態で電脳空間に現れる(裸になる、銀色の服を着るといったバリエーションを含む)のがこれまでは当たり前で、どちらがリアリティがあるのかといえば、圧倒的にアバターである、そういう当たり前の表現レベルから感心してしまった。
ネットワーク管理を手がけた事のある人間なら、そういった本質的な部分の表現ににやにやする事が出来るだろう。


また、キングカズマが登場した時点で「キター」などと煽っておきながら、最初に敗北した時点で「カズマ最弱伝説」などと罵倒の言葉で画面を埋め尽くすあたり、ネットにおける人間の行動の本質がリアルに描かれていたのも興味深い。


それがゆえに、最後の対決で、次々と協力の意思を表す善意のアカウントだけが現れたのは、それが例え感動を描くためとはいえ、少々逃げを感じた。現実のネットなら、あの場面でも、「日本オワタ」などの諦め、「僕の肛門も閉鎖されそうです」などの意味不明なコピペや荒し、夏希への僻みやっかみエロスパム、そういったものがいり混じった混乱の中での、一握りの善意、そういったものになるだろう。


さらに、ネットの恐怖は「圧倒的な数の暴力」という面もある。ブログ炎上は数の恐怖だ。であれば、何故キングカズマとAIと一対一の勝負でしか肉弾戦が描かれなかったのだろうか。何万アカウントもの雑魚が寄ってたかって炎上させるパワー、そしてそれを一薙ぎで無双するAI、そういう描写があってこそよりリアルだったかもしれない。




もう一つ気になったのは、監督が描きたい方向性で意図的にそうなっているのだろうが、いくらAIが暴走したところで、メールが遅れない、あるいは交通渋滞レベルの事しか起こらない。そこに今一つつまらなさを感じた。


OZの持ちうる権限情報がどの程度のものなのかは不明だが、大統領のアカウントを乗っ取る事で核ミサイルが打てるという話なので、生活・仕事・社会基盤・金融機関などなどありとあらゆるネットワークシステムに対応するアカウント情報が統合されてOZ上で管理されているという世界なのだろう。
ならばせめて2000年問題の時に想定されていたレベルでのパニックが発生し、情報をOZが集中管理する事に対する絶対的恐怖を見せ付けてほしかった。単にアカウント剥奪のやり取りになってしまったのは、分かりやすさ、見せ方の問題なのだろうか。そして多分自分の希望は、攻殻機動隊のようなものに期待すべきなのかもしれない。