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Aerodynamik - 航空力学

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Perfumeあ〜ちゃん、中田ヤスタカに「作詞をしたい」と申し出て却下される@TX「Japan Countdown」101113

Perfume

http://www.tv-tokyo.co.jp/jcd/

−プロデューサーの中田ヤスタカと、いつもと違った話でもしたのでしょうか。


あ:「アルバムの1曲でもいいので、詞を書かせてください」ってお願いをしたら「いやそれはちょっと」みたいな。結構悔しくて。「どのぐらいの思いで、この言葉を言ったのか、あなた分かってます?」っていう。「挑戦してみたいんです」っていう思いで言って、すぐサッと切られちゃったから。「じゃ、次、マジでいいの期待してるわ」みたいな。


西脇さんが、中田ヤスタカに「作詞をしたい」と申し出て、却下されたそうだ。それも軽い気持ちでの申し出ではなく、かなり本気の「挑戦」だったようだ。


個人的には、誰の作詞でも「出来上がったものが面白ければオールOK」だと思っているが、さすがに様々な大人が関わる作業の現場で唐突に話を持ちかけても、それは幾らなんでも無理な相談だと思うので(当然ヤスタカも作詞込みの契約なのだろうから)、そこまでやる気なら、ヤスタカが唸るような歌詞を事前に準備して、会社も含めて説得していけるよう、しっかりとした交渉をしかけていって欲しい。まずは一本書いてみないことには周りも判断しようが無いだろう。


作詞作曲:中田ヤスタカ、振付:MIKIKO、ヴィジュアル:関和亮、その他衣装や音響や照明に至るまで、其々の分野のプロフェッショナルが、ずっと同じスタッフに固定されたまま、確固たる位置でプロの仕事をしている、そしてその「ずっと同じスタッフ」という一貫性が、長い間ずっとブレずに継続している、というのがPerfumeの魅力の大きな構成要素の一つでもある。よって、中田ヤスタカが書き続けて、そして評価されてきた詞を、自分が書くという、Perfumeを構成する絶妙なのバランスを「自ら」崩すのは、相当なチャレンジだ。自主的に髪形を変えない、髪を染めないというルールを敷くなど、イメージの一貫性の意味を理解している西脇さんだからこそ、これまでのPerfumeのバランスを崩すこの発言にはかなりの意味があるだろう。あるいは、あまりに最近の「崖っぷち精神リバイバル」(またの名を「攻め2」)によって気合が入りすぎて、「挑戦」の方向性が暴走しているのかもしれない。


気になるのが、つい最近の、「VOICE」キャンペーン時のこの発言だ。


What's IN 2010年8月号

−表現ということに対して何か意識の変化はありますか?


あ:曲や詞を書いてみたいという気持ちは凄く出てきましたね。でも、それが今の私達に求められてるかというと、そうじゃない。今は、中田さんの完璧な音楽を完璧に表現するPerfumeであることが私達の役目だと思います。

「詞は書いてみたいが、今の私達の役目ではない」という、上とは真逆の発言だ。「VOICE」「ねぇ」は同時期に制作されたものであるので、この発言が、ヤスタカに作詞を申し出たものの前なのか、後なのかで解釈は随分違う。後であれば、作詞の話は一旦終わったことだし、逆であれば、まだ作詞話は続いている可能性がある。


そうは言っても、MEGやColtemonikhaというお互いの才能への信頼から始まったタッグを別とすると、ヤスタカは作詞作曲からマスタリングまで、全ての工程を自分の手中に収めたいタイプの人間(木の子先生談*1)なので、西脇さんへ作詞を託すということはそう簡単なことではなかろう。実際にMEGも、ヤスタカとの遣り取りの中で、彼の音と詞のバランスの拘りから、なかなかに苦労していることをブログやTwitterで語っている。




西脇さんに作詞の才があるかどうかは置いておくとして、「アイドルと作詞」について考える上で、一つ興味深いやり取りがあるのでそれを参考までに載せておく。誰もがその才能を認め、また松本隆らと仕事をしてきた松任谷由実、彼女のラジオ番組に松浦亜弥がゲスト出演した時のものである。


TFM「松任谷由実 For Your Departure」051030 *2

松浦:(質問が)もう一個、私、自分で作詞をまだ一度もしたことがなくって、やっぱり、近い将来は自分で作詞というものを、やっていきたいなと。今はつんく♂さんだったり、いろいろな方からいただいたものを、自分なりに消化をして、理解をし、納得をして歌っているんですけど、なんかやっぱりこう、自分の思う気持ちっていうものを歌いたいなぁと、思っているんですが。


松任谷:いやぁ、厳しいこと言うようだけど、妙にしない方がいいよ、作詞とか。


松浦:えぇ、そうなんですか?


松任谷:うん、その方がカッコいい。人が書いてきたものを、自分のものにしちゃって歌えるっていう方が素晴らしいと思う。


松浦:えー、そうですか?


松任谷:悪いけどなんか、あとで詞を書き出したんです、みたいな、で「アーティスト」みたいなふうに言われてる人のろくな詞ないもん。


松浦:(笑)


松任谷:だから、曲とか詞を書くっていうのは、もう生活、生理、一緒だから、食事したり歩いたりすることと。言われる前から書いてるのよ、人が止めようと、勧めようが、勧めまいが。自分の欲求として、もう幼い頃から作っちゃっている。 もちろん、ある日突然、書きたくなって、自分で書いたものを、自分の言葉を歌いたくなって、ひらめいちゃって、ってことはあるかもしれないけど、書いて歌うようになりたいんです、って言っているようだったら、書かない方がいいと思う。


だって、同じだよそれは、人が作ってきたものでも。(あややの)ためを思って作ってきてくれたんだから、あややはこうだ、って。それを表現できることの方がスゴイと思うね。


松浦:ほぉー、そういうふうに考えたことなかったです。


松任谷:別に、人が作ったものでも、自分のでも関係ないと思う、私は。で、その吸引力を持つことが大事だと思う。 なんかこんなピッタリのものができちゃったっていう、それはひとえに人徳だったりするわけだから。いや、もちろん、ほんとにある時ね、どうしても書きたくなって、ということがあれば別なんだけれど、フォーマットとして求めない方がいいと思うよ。