Aerodynamik - 航空力学

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観劇記録 「ノルウェイの森」 日本 2010年公開 PG12



バルト9にて鑑賞。この作品は、原作の熱狂的なファンが、小説から映画に変換されるときの解釈の違いや零れ落ちるエピソードなどについて喧々囂々言いたくなる所まで含めての映画であって、原作を読んだことの無い人にとってはこの映画を観ること自体についてはそんなに面白くないかもしれないなあと思う。それほどにこの映画は期待されていたし、また、原作をそのまま映画にすることが難しいのもまた明らかだった。自分もこの原作にはかなり思い入れがあるので、あれこれ言いたいこともあるけれど、トラン・アン・ユンの撮る映像詩が好きで、今作もやはり映像詩だった、それもとても美しい、という一点だけにおいても、この映画は観るに値するものだと思う。


自分が春樹作品の何処が好きなのかといえば、やはりあの「文体」だ。あの独特の文体を再現する際には、ナレーションを多用するのがこれ迄の春樹作品映画化の手法だったが、一方トラン・アン・ユンは極端に言葉を使わない、映像に全てを語らせる監督で、今回彼が取ったのは、いつもの様に、繊細で美しい叙情的な風景、そしてその中に溶け込む様に存在して尚且つ独白をするように佇む演者の長回し。「空気」を持って多くを語る手法だった。そして今作における全てのシーンの、その幻想的なまでの美しさと儚さ、これについては原作ファンも文句のつけ様のないであろう素晴らしいものになっていたと思う。草原の中の「あの」シーンなど、原作を読んであそこまで印象的な光景を脳内に描けた人などいないのではないだろうか。個人的にはもうこれだけで満足だ。また、春樹作品の持つ「フラット感」も、この監督の色によく合っていた。
文体といえば、春樹作品特有のあの台詞回しを実写に持ち込んだ部分が幾つかあって、そこは流石に原作ファンといえども気恥ずかしくなった。この辺りは色々と揉めたものの松山ケンイチの希望で取り入れたという話だが、実生活で「やれやれ」なんて言っている人を見たら、さすがに見ているこっちが恥ずかしくなる。


ストーリーについては、原作ファンにとって思い入れのあるあれこれが無い、という不満は多々出るだろうな、とも思うが、それを描いて二時間で収まるわけが無い。容赦なくエピソードを削るその取捨選択のセンスこそ原作付き映画の肝だ。そういう意味で、映画が原作を離れて、トランの作品としての「映画」となるのは後半からだ。前半は、原作のエピソードをダイジェストで詰め込んだため、断片化し過ぎており、原作を読んだことが無ければストーリーを把握する事も困難なのではないだろうか。
二時間に収めるべくエピソードを取捨選択した結果、サブキャラと言い切れないはずのレイコさんの存在や行動があまりにも突飛すぎる事になってしまった部分はとても残念で、あと5分伸ばしてもレイコさんの背景を描く事で、登場人物全員の心が欠けている、という所をしっかり描いて欲しかった。レイコさんや緑の影を描く時間が無かったせいで、直子一人がメンヘラ扱いになってしまったし、この映画でも沢山出てくる「生と死を繋ぐ」セックスシーンの意味が曖昧になっている。一方で削ってもなお印象的だったのは初音映莉子演じるハツミさんで、エピソードは短いながらも演者の名演で強烈なシーンとなっている。


配役については、菊地凛子の直子は演技こそ熱演だが、その病的なものを演じるベクトルが本当に「メンタルの病気」的なので、ちょっと違和感があった。ワタナベを演じる松山ケンイチと緑役の水原希子はかなりいい収まりで、個人的には特に緑が原作並に素敵だと感じたのだけれど、一緒に観た人曰く、緑があまりに外国人系モデル顔なせいで、現実感のない存在になっている、直子の「向こう側」感との対比になる緑の「こちら側」感が無い、との事で、確かに言われてみればそれもそうなのだが、それでも緑は良かった。


「There Will Be Blood」でベルリン映画祭芸術貢献賞などを貰ったRadioheadのJonny Greenwoodの作る音楽、大袈裟すぎるほどの不協和音もなかなかのものだったが、いわゆる主題歌のビートルズの「ノルウェイの森」よりも、CANが5曲くらい使われていたのも印象的だった。