Aerodynamik - 航空力学

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Perfume、自らの固定観念からの脱却と、より柔軟なコンセプトの拡張へ@「音楽と人」2011年12月号

http://ongakutohito.jp/ongakutohito/


Perfumeのファンには、それぞれが抱くPerfume像がある。彼女達に清廉なイメージを持つ者にとっては、たとえそれが「表現」であるという事を理解していても、たとえそれが「作りもの」であると分かっていても、彼女達には、食べ物を足で蹴散らし、靴でケーキを踏みつぶすようなことはしてほしくない、という意見があるのもまた然りだ。それが、いつものチームPerfumeこと関監督ではなく、全く初めての仕事となる島田大介監督という「外部」からの存在によってもたらされたのであれば、尚更のことだ。先日、「スパイス」PVの該当シーンについて、あるファンがTwitter上で異議を表明するも、Perfumeに関する事に異議の存在など許さないといった勢いで総叩きに遭い、結果、謝罪をするという「事件」があった。「PVを撮り直しせよ」という主張はあまりにも子供じみていたのは間違いないが、しかし、実のところ、あの表現に違和感を抱いた人は、恐らく少数ではないと思う。ファンクラブ経由で不快を表明した人が少なからずいたことが、昨日のラジオでの該当シーンの「説明」に至ったことは、想像に難くない。


NHKもお気に入りのはずの「清廉なPerfume」が、今なぜそういう表現をしたのか。シュヴァンクマイエルも引き合いに出されるグロテスクさを持つ島田大介監督と組んだその答えの一つが、Perfumeが自らに課した固定観念を捨てつつある、ということだ。



の:「レーザービーム」の時も思ったんですけど、幅が広がったというか、自分達の変な固定観念みたいなのが取れるようになりました。もっともっといろんなPerfumeを見たいんですよ、私は。 凄い好奇心を持ってPerfumeを楽しめるようにしたい。いろんな人の考えるPerfumeが、もっともっと見たいなと思います。


−その、固定観念ていうか、「こうでなければいけない」って具体的にどんなものでしたか


の:ちょっとお人形さんっぽくとか、感情を抑えてってところですかね

の:やっぱりそれは、東京ドームが大きいのかもしれませんね。


−ああ、ここまでやったな、と。


の:うん。「Perfumeってこういうものだ」っていうのを、MIKIKO先生やスタッフさんを含め、一丸となって見せることが出来た感じがしたんですよね。


−だから自分も変えなきゃいけない、変わんなきゃいけないっていう気持ちが徐々に出てきている?


の:そうですね。変わらないといけないというか、じゃあ今度はPerfumeをどう料理してもらおうか、みたいな感覚ですね。ていうことは、自分も料理される側として柔軟にならなきゃいけない。そこは変わらないといけないところだと思います

「お人形さんっぽく」「感情を抑えて」。このPerfumeにおける「鋼のコンセプト」は、柔軟性を持って拡張される時期を迎えている。




そして、樫野さんがより詳細に、この変化を語る。

か:ドームをやってから、これからどうしていこうかみんなで話した時、私は柔軟性が出てきたなと思ったんです。


−というと?


か:今まで、Perfumeはこうであるべきだって自分たちが枠を固めて、それを貫くことによって、Perfumeはこうなんです!って外に対して伝えてきたけれど、ドームという大きな会場でライブが出来たってことは、「Perfumeってこうなんだ」ってイメージが、世間的に確立されたんだろうなって思ったんです。だから今は、その枠にこだわらずに、色んなことに挑戦した方がいい気がして。

か:今までだったらもっと頑なで。絶対髪型はジャケットでは変えない!とか。暗黙のルールがあったんですけど、それも別に。今回から変えましょうって話じゃなくて、さらっと自然に変えられるようになったりだとか。


−うん。


か:なんか怖くなくなった感じがします。まだ若干不安はあったけど。でもそうすることで、見る人に考えてもらう幅を増やせるようになってきた。自信がついたっているより、吹っ切れた感じ。こうあるべきだっていう自分の理想があって、そこに到達していってずっと思ってたけど、無理にそこに向かわなくても、今の自分を受け入れることが出来るようになったし、それでもいいんじゃないかって思えるようになった。そんなに怖くなることが無くなった気がします。

KRAFTWERKを語る際に、細野晴臣御大の「鋼のコンセプト」という言葉がしばしば使われるように、テクノの世界では、たとえ音楽性を進化させても、そのイメージ像/世界観の強固さを貫くことも、重要視される要素の一つである。そして、Perfumeがテクノリスナーに「気付かれた」のも、Perfumeが、楽曲/歌詞/ヴィジュアルに強度のSF的コンセプトを持ち込んだ、所謂「近未来三部作」がきっかけだろう。ブレイクしてからのPerfumeは、SF的コンセプトは捨て去ったが、「テクノポップユニット」というコピーとともに、プラスティックで非現実的なイメージを保ち続けた。硬質なヴォーカルエフェクトは徐々に柔らかくなり、抽象的な歌詞は、同年代の女性のリアル感を取り込んでいったが、それでもやはり、東京ドーム公演で演じた「Perfumeの掟」を見れば、その強固なイメージ像は一目瞭然だった。


そして、彼女達と、Perfumeを取り囲むTeam Perfumeは、やりきってしまったのだ。あの公演で、Perfumeの「コンセプト」は、一つの高みを見てしまった。「Perfumeってこうなんだ」というコンセプトを自ら貫き続け、表現し続けてきたPerfumeだが、それが人口に膾炙したことを、あの公演は証明してみせた。そして、彼女達が次に選択したのは、柔軟性を持ってこのコンセプトに幅を持たせることだった。




樫野さんが、この変化、柔軟性の拡大と、コンセプトの維持について、最も明確なヴィジョンを持って語っている。

か:でも、何やっても大丈夫って、逆にとても難しいんですよ。何やってもいいからと言って、手当たり次第やるのは違うし。何やっても大丈夫だからこそ、慎重にならなきゃいけないし、安全なところから出て行かないのは面白くない。とはいえ自由は自由でも、それを履き違えた、考えのない自由はただの勘違いじゃない?って思うし。


−自分達の中には、Perfumeってこうだねっていう、大きな何かは存在しているんだ?


か:そこは変わっていないと思います。三人ともちゃんとPerfumeの中にいる自分を客観視して、じゃあ今こうあるべきだ、とか、三人ともそうなるのは違うでしょ、とか、ちゃんとバランスを見ているから。意外と大人なんですよ(笑)。


コンセプトの拡張を目指しつつも、三人の中に、確固としたPerfume像があるのならば、あの表現もまた、今のPerfumeそのものなのだ。




音楽と人 2011年 12月号 [雑誌]

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