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タワーレコード新宿店がリニューアルオープン、「マニア向け商売としてのレコードショップ」を見据えた大胆な改革を実行

http://tower.jp/store/Shinjuku


4/27、タワーレコード新宿店がリニューアルオープン。2004年のJR新宿駅改装時に、警備員の佐藤修悦氏がガムテープで描いた案内表示の独自性が評判となったが、その新宿と改装の象徴「修悦体」による案内が客を迎え入れる。





やはり驚くのは、大型総合レコード店の常識を覆す、斬新なフロア割だ。絶望的なCD不況と、オリコンの年間チャート上位にはもはやAKB関連とジャニーズしかいない現状、つまり、CDは最早誰もが買うような「大衆消費財」ではなく、一部のオタクが馬鹿みたいに購入する「マニア向け商品」になったが、その時代にレコード店が生き残るためにはどうあるべきか。それを大胆な形で具象化したのが、この新宿タワレコのフロア割だ。





7F


窓口の7Fにはもちろんこれまで通りニューリリース商品を置くのだが、それ以外のJ-POP、K-POPを全部取っ払い、なんとオタの購買力に定評のあるアニメ/アイドル/ジャニーズ/ヴィジュアル系のみにしてしまった。什器は四角に並べられ、独立感のある専門コーナーとなっている。これまでは一般人様のコーナーが中心にあり、その奥に隠れてオタの楽園が作られてきたが、ここまで堂々とオタ向け商売をメインに打ち出すのは、総合店ではありえなかった事だろう。さっそくオタが群がっていたのだが、やはり一般人女性の拒否感は相当強いようで、新しいフロアを様子見で回っていた女性が、「もうこっち側は怖くて入れないね…」と言う姿を数回確認した。ここまでの改革を断行できるのも、やはり現タワレコ社長嶺脇育夫氏がガチのアイドルオタであり、「オタがCDを買い支えている」現状を説得力を持って主張できたからだろう。


ジャニーズ

アニメ

アイドル

ヴィジュアル系




イベントスペース、ここでもアイドル現場主義の嶺脇社長の判断が下された。これまでの1.5倍に拡張、つまりキャパ300人だ。ゼロ年代以降のアイドル史に限らず、現在の音楽シーンは「現場主義」がキーワードだが、現場の体験を増やすことによりCD購入層の拡大とイベント参加券/握手券としてのCD売り上げ向上をピンポイントで狙う、正しい選択だ。





アイドルコーナーには、メインを張るAKB系はもちろん、全国のローカルアイドルに至るまで、大量のCD在庫が並べられたが、「アイドル現場主義」の象徴である「光る棒」ことサイリウムが新たに置かれたのは非常に象徴的な出来事だろう。



サイリウム




そして、ここでも非常に斬新なコーナー展開がなされている。それは、「アイドル現場主義」と肩を並べる一つの潮流である「アイドル楽曲派」の心を強く掴む、作曲/編曲者別のコーナー作りだ。特定のアイドルの人間性とパフォーマンスを重視する「現場主義」とは別に、かつての渋谷系のように、誰が楽曲を手掛けたのか、どういう文脈なのかを重視し、推しのアイドルなどとは関係なく編曲者目当てでCDを万遍なく購入する「楽曲派」へのアピール。


松井寛

michitomo

鈴木 daichi 秀行

沖井礼二

前山田健一

平田祥一郎

tofubeats

agehasprings

大久保薫

PandaBoY×fu_mou



そしてもちろん、「楽曲派」の一つの指針となる、ライムスター宇多丸が雑誌「BUBKA」で連載している「マブ論」におけるアイドル新譜の評点、これを紹介するコーナーも、引き続き展開されている。




なお、新譜だけとはいえ、アイドルコーナーにPerfumeも置かれていたことが非常に嬉しい。Perfumeゼロ年代以降のアイドル再評価とブームの突破口であったことは間違いないからだ。




※追記。
リニューアルから半年後、現在のアイドルコーナー。これが現場の努力。全てのスペースにアイドル直筆コメントカードとサイン入りポスターが隙間なく敷き詰められた光景は壮観。そして企業レベルでは、タワレコとアイドルのコラボポスター、インディーアイドルを自社レーベルへ取り込み猛烈なプッシュでシーンごと活性化。







8F


7FのJ-POPとK-POP、10Fの映画/お笑いなどのDVDは8Fに移動した。ここが一般大衆層向けのフロアとなる。




9F


8Fのロック/ポップス、ヒップホップ/R&B/ソウル、ブルース/カントリー、ヘビメタ/ハードロック、レゲエ、クラブミュージックに加え、9Fのジャズとワールドミュージック、特徴的だったアヴァンギャルドエレクトロニカなどは、全て9Fのワンフロアに詰め込まれた。これはまるでかつての概念である「洋楽」フロアのようだ。一括りの「洋楽」から個別のジャンルへファン層が細分化していった80〜90年代だったが、ゼロ年代以降は、ネットとYoutubeの普及により、特定のジャンルを基盤に他ジャンルをクロスオーバーして聴くリスナーが再び増えた。テクノリスナーも、エレクトロニカアヴァンギャルドへ手を伸ばすし、クラブジャズ経由でジャズの開拓もし、トライバルハウスのルーツとしてワールドミュージックも掘る。個別のジャンルの愛好者にとってはスペースが減って残念かもしれないが、音楽ファン全体の方向性からすれば、「洋楽フロア回帰」はあるべき選択なのかもしれない。


*追記
これも嶺脇社長に直接伺いましたが、9Fの店頭在庫は「減ったと文句が出るのは分かってるから、寧ろ増やした」との事。什器をより容量の大きい物に変更した事で実現したそうです。




10F


これまでアニメと映画DVDが置かれていた10Fは、クラシック専門フロアとなり、在庫は大幅に拡張された。クラシックもまた、完全なマニアジャンルだ。ファン層には財力があり、ネット配信の音質に納得する事も無くCDボックスセットを買い続け、また、成長と共にジャンルを卒業する事もない。一生をクラシックオタとして過ごすにもかかわらず、老いてなお新参扱いされるほど、広範な知識と経験が要求される。派手な売り上げこそないが、固いCD購入層を持つジャンルの為に広大なワンフロアを割く、これもまた、「マニア向け商売としてのレコードショップ」としての大胆な判断だろう。





その他、火曜日の大混雑の解消のためレジ台数を増やしたり、イベントスペースの拡大に併せて仮設ステージをより高い物に変えたりと、細かなサービス向上が図られているようだ。




既成概念を打ち壊し、CD販売の現状をしっかりと見据えた形で意欲的に生まれ変わった新宿タワレコ。つい先日、ソニーが定額制で全カタログ聴き放題の音楽ストリーミング配信サービス「Music Unlimited」を年内中に日本でも展開することを発表した。また、同様のサービス「Spotify」も、同じく年内に日本でのサービスを開始する。音楽はネットで好きなだけ聴き放題の時代に、レコード店が生き残ることは難しい。しかし、レコード店にしか提供できないこともまた沢山ある。これからも、自分は毎日火曜日に、この新宿タワレコに通い続けるだろう。