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中田ヤスタカ「再生YMOは、あの時に聴いておけてよかった音楽」@「ウレぴあ」2012年5月号

http://ure.pia.co.jp/articles/-/4030


「エンタメ界の著名人たちが語る、“私を作ったこの一冊、私を変えたあの一冊。”」特集。53人の一人に中田ヤスタカ。ヤスタカが選んだのは下の五冊。

学研 科学 もう一度見たい!「科学」と「学習」 (Gakken Mook)
手塚治虫 /
火の鳥
火の鳥 (1) (角川文庫)
宮崎駿 /
風の谷のナウシカ
ワイド判 風の谷のナウシカ 全7巻函入りセット 「トルメキア戦役バージョン」 (アニメージュ・コミックス・ワイド版)
FRUiTS FRUiTS (フルーツ) 2012年 05月号 [雑誌]
Sound & Recording Magazine Sound & Recording Magazine (サウンド アンド レコーディング マガジン) 2012年 04月号 (DVD、CD付き) [雑誌]


めったに自分の音楽的ルーツを語ることはなく、ピチカートファイヴの影響すら公然と否定する男。そんな彼が影響を受けた本として挙げた五冊には、Sound & Recording MagazineのYMO「再生」特集、1993年6月号が。何かと比較対象に持ち出されるYMOに言及すること自体が非常に珍しいことなのでとても驚いた。

−音楽や録音分野に特化した音楽専門誌。93年に“再生”と称して再結成を果たし、賛否両論を巻き起こしたアルバム「TECHNODON」を発表したYMOが表紙を飾っている。


中田:僕が初めてYMOを知ったのが「TECHNODON」だったんです。既に曲を作り始めていて、「シンセサイザーを使ってるプロって、どんな人なのかな?」って探しているうちに出会ったっていう

−彼のサウンドメイクにも影響を及ぼした一冊。93年、アルバム「TECHNODON」とともに“再生”を果たしたYMOは、当時中学生だった中田にも大きな衝撃を与えた。彼がYMOを特集した「Sound & Recording Magazine」を手に取ったのも、ひとつの必然だったのだろう。


中田:その頃はヨーロッパのダンスミュージックばっかり聴いていたので、(「TECHNODON」は)ぶっちゃけなんか地味だなーと。ただ、かつて聴いたことが無い位とにかく音がいいなと思いました。何か偉そうですけど、中学生の時の意見ですからね、これ(笑)。YMOは再結成の時に初めて存在を知ったんですけど、きっと特別な人たちなんだろうなという事は音から感じました。正直当時はよく分からないまま聴いていましたが、あの時に聴いておけてよかった音楽だと思っています。


最近のラジオでも、幼少からピアノを弾いていたヤスタカが中学時代にシンセとYMOに出会った話に触れている。


TBSラジオきゃりーぱみゅぱみゅのウェイウェイレディオ」 120326

中田:中学校くらいから、だんだん何かこう、シンセサイザーとか興味が出てきて、買ったりし始めるんですよ、その時に。で、その時くらいに、じゃあその楽器使ってる人が、どういう人がいるのかなーと思って、調べて、何か参考書のように聴いてた感じですね。


YMOとか?


中田:そうですね。その時だから、「復活」のタイミングだったと思うんですけど。何か全然知らなくて、読み方が分からなくて。何かあの、略だと思わなくて、YMO、なんて発音すればいい…なんか読み方があるんだと思って。難しいなとか思って。


もう世間にまで確固とした「中田ヤスタカサウンド」というブランドが確立した以上、意固地になってルーツを否定する必要も無くなったという事なのだろうか。まあPerfumeのブレイク当時は「テクノポップブームの再来」としてやたらとYMOの話題を吹っ掛けられてうんざりしていただろうし、ルーツを語ることで「○○フォロアー」とタグ付けされることを嫌っていたのだろう。


ヤスタカは1980年生まれ、YMO再生当時は13歳。「ヨーロッパのダンスミュージック」と言えば、1993年はアシッドハウス・リヴァイヴァルの頃で、ヤスタカと同様に「再生」で初めてYMOに触れた自分も、「TECHNODON」のあまりの地味さにまったくピンとこなかった事を覚えている。20年近く経ってみれば、一番聴いているのがこのアルバムだったりするのだけれど。







TECHNODON

TECHNODON

Technodon Live 1993 Tokyo Dome [DVD]

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ウレぴあ 2012年 5月号

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