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中田ヤスタカ「『かっこいい』と『沢山の人に聴いてもらえる』は両立する」@日経ビジネス「Changemakers of the year 2012」

http://special.nikkeibp.co.jp/as/201201/changemakers2012/changemaker03.html



そもそも「Changemakers of the year」という賞が何なのかを知らなかったのだけれど、これは「日経ビジネス」の読者投票で決まる賞なのだな。2010年から始まったもので、「新しい社会を、新しい時代を創り出す人」が選考対象。ヤスタカが受賞した「クリエーター部門」の過去の受賞者は、オープンソースプログラミング言語Ruby」の開発者まつもとゆきひろベルリンフィルコンサートマスターに就任した樫本大進、という、いかにも日経読者層な人選なので、ヤスタカはベクトル的にちょっと不思議な感じがある。


受賞者インタビューはなかなか読み応えがある。特に、TBS「私の10のルール」*1 でも言っていたように、自分のやりたいものをやる、という事への徹底した拘り。「自分のやりたいものをやる」なんて当たり前の事のようだが、社会に出て「プロ」としてそれを実現させることはあまりにも難しい。社会には社会の、会社には会社の、プロジェクトにはプロジェクトの「都合」と「ルール」があり、例え自分が良かれと思っても、組織の中で我を通すことは想像を絶する困難を伴う。ヤスタカにとってのそれは、楽曲制作でいえば自分が全てコントロールできるプライベートなDTM完結型を貫く事であり、その楽曲をビジネスとして通用させるべく如何にクライアントにプレゼンしていくかに対しての姿勢でもある。


プロだからこそ、アマチュアの環境を

中田:デビューした頃は、ある意味無理をして型にはまったプロっぽさを受け入れていたわけですが、やっぱりアマチュアのときの環境の方が、僕には合っていました。クリエーターとしては、アマチュアであるときほど恵まれた環境はありません。つくりたいときに、つくりたいものをつくれて、それを自由に発信できるからです。プロではなかなかそうはいきません。


デビューから10年近くかけて少しずつ、むしろアマチュアのときのように「つくりたいときに、つくりたい曲をつくることができる」環境を整えていきました。プライベートスタジオによる音楽制作をしているのもそのためです。もともとアマチュアのときは自分の部屋にあるものだけで好きなように作っていたわけですし。プロですから、ひとりでその環境ができるわけじゃありません。色々まかせてもらえるようになるまでは大変です。自分にとって快適な環境をつくる方が、曲をつくるよりも、難しかった、といえるかもしれないですね。

つくりたいものを、つくれる環境を、つくる

中田:繰り返します。つくりたいものを、つくれるような環境に自分を置く。実はこれが一番難しいことです。特にプロとしては。だからこそ、つくっている人が一番頑張るべきところも、ここです。


つくりたいものを、つくれる環境をつくる。そのうえで、オーダーがあったり、「枠」があったりして、いろいろなかたちで作品を世に出していく。つくりたい曲をつくる。あとは、どうやったらつくりたくてつくった音楽が、より多くのひとに届く環境を成立させるかを考える。それではじめて、キャッチーになる。アーティストが考えるべきことって、それじゃないのかな?


でも、そこまで考えがいたる前に、つくりたいものをつくること自体を諦めてしまっては負け。会議に通ることを第一にものを作ってもそもそも自分が楽しくないでしょう。そこで負けちゃうことって、けっこうありますよね。たとえば会議でも、そうではないですか。自分に自信がないときほど、エッジの立ったアイデアを引っ込めて、「みんなはこれがいいと言っています」と諦めて迎合したりする。でも、たいていの場合、その「みんな」には自分は含まれていないんですよね。そこに逃げ込まずに、正直に、自分がいいと思うものを主張していけばいい。簡単なことでないけれど、その困難を乗り越えて、自分のやりたいことと、相手から求められていることのバランスがとれたとき、ほんとうに新しいものが生まれると思うんです


だから、これからもアマチュアのように、つくりたいものをつくりたいときにつくっていく。そのうえで、枠にもオーダーにも楽しんで応える。


かっこいい、とたくさんのひとに聴いてもらえる、は、両立する。僕はそう信じています。


例えばテクノのようなクラブミュージックは、それ自体がカウンターカルチャーとしての意識を持っていることもあって、彼の言うような「『かっこいい』と『沢山の人に聴いてもらえる』は両立する」という話は、前提として捨ててしまっている。諦めている。関わりも持ちたくないと思っている。過度にコマーシャル化したものに、アンダーグラウンドで作られるクオリティなど求めるべきでもないという。ヒップホップの世界ではそれがより強烈で、「マス対コア」で、売れれば「セルアウト」だ。EAST ENDが辿った道はあまりにも厳しかった。2010年にシンコーミュージックが出したエレクトロのガイドブックには、中田ヤスタカPerfumeにも、一言も言及されていない。日本で一番この手の音を大衆に広めたとしてもだ。
当然、その逆の立場、つまりマス/大衆を相手に商売をしている立場からも、「『かっこいい』と『沢山の人に聴いてもらえる』は両立する」は、そうそう受け入れられるものではないだろう。いくらそれが良いものだったとしても、一部の好事家にしか興味を持たれないものでは商売にならない。
ヤスタカのやろうとしていることが、どれほどに困難な事なのか。中田ヤスタカをヒットメーカーにのし上げた切っ掛けである「ポリリズム」には「ポリループ」部分があるが、シングルでは「ポリループ」をカットしたバージョンがわざわざ収録されている。大衆向けのテレビでは勿論、ファンしか来ないはずのライブやインストアイベントでさえも、当初はこの「ポリループ」がカットされたバージョンが披露されていた。そもそもヴォーカルにオートチューンをかけた曲がJ-POPシーンで初めてヒットしたことで、今では考えられないような「歌」に対するバッシングもあった。遡れば、ヤスタカが上京してきたPerfumeに初めて楽曲を提供した時には、「かっこよすぎる」という理由でAmuseは楽曲にNGを出したのだ。そういう事だ。


「ポリループ」を拒否したAmuseに対し、交渉を重ねて、「ポリループ」カットバージョンでメディア展開することと引き換えに「ポリループ」入りバージョンを一曲目に据えさせたのは、「ヒットメーカー 中田ヤスタカ」ではない。彼がヒットメーカーと呼ばれるようになったのは、もっと後の話だ。



新しくあれ、キャッチーであれ

中田:僕は新しい楽器を、テクノロジーを、音を、そんな風に「なじませる側」にまわりたいんです。最初にピアノをなじませた誰かのように。 ただし、「別のこと」を「増やす」ためには、キャッチーでなければダメですよね。つまりより多くのひとの心をつかむような説得力がなければ増えていかない。「今まで興味なかったような世界のものだけど、これは面白い」そんな風に、聴き手に積極的に選んでもらってはじめて認知される、つまりなじんでいく。だからキャッチーな音楽を創ろう、と思いました


あ、でもね。キャッチーであろう、というのと、ポップであるというのは違うと思っています。ポップというのはそれまで大衆が受け入れていなかったものを、誰かが広めてポップにした、ということですから。キャッチーというのは、どんな少数派の種類のものでもそのきっかけを作り出すパワーということです。


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