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Aerodynamik - 航空力学

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観劇記録 「樺太1945年夏 氷雪の門」 日本 1974公開

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冷戦時代の1974年に作品は完成、全国公開されるはずだったが、ソ連からの政治的圧力により、ごく限られた公開となり、長い間封印され、靖国神社遊就館などでしか見ることができなかったが、今年36年振りに再プリントで劇場公開となった。終戦記念日の前日に、渋谷シアターNにて鑑賞。劇場には、シアターNらしからぬ年配の客が多く足を運び、当時を知る方たちのメッセージも展示されていた。


1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し、大東亜戦争は終わった。しかし、ソ連日ソ中立条約を一方的に破棄、8月20日に南樺太の掃討作戦を開始する。停戦交渉を無視し、民間人への無差別攻撃をはじめ、本土疎開の為の引揚船を撃沈するなど、民間人だけでも4000人が犠牲となった。その中でも最も民間人の被害が大きかった真岡、そこにある電信局の女性電話交換手12人がソ連軍に追い詰められて集団自殺を図った。その「樺太の戦い」から「真岡郵便電信局事件」までを描いた作品だ。


200km近くを徒歩で疎開する苦難の道では、ある者は力尽き、ある者はソ連の機銃掃射に倒れてゆく。残った住民は見境無く銃殺され、使命感に燃え最後まで通信を守った若い女性達も死んでゆく。
戦争の悲惨さを描き、平和を祈るという反戦映画でもあるが、一方で「外交努力によって国民を守ることは出来ない」という強いメッセージが裏に描かれているように感じた。樺太は、硫黄島、沖縄に次ぐ最後の本土戦だったが、沖縄戦が毎年のように常に悲劇とともに語られるのに対して、樺太が話題にも上らないのは、9条を信奉して安易に平和を語る人たちには都合が悪すぎるからではないかとも思える。沖縄は米軍の最前基地でありがなら日本に返還されたが、「戦後」に中立条約を破棄された上に一方的に侵略された南樺太は、戻ってくる事も無いし、その悲劇を語られることも無い。